小雨が降っていた。チーム“鮫”7月最初の活動は、下界の鮎釣りシーズンを避け、高原の湖である。場所はもちろん九頭竜湖。昨年“鮫”初の湖ツアーを行った、あの「謎の磁場」のある湖だ。
午前9時55分、集合場所となった東海北陸自動車道・河川環境楽園サービスエリアにはオレ(隊長)、うー隊員、シバタ隊員とその愛娘・マイちゃん、そして今回参加2回目にして、フネもすでに2艇目というイキナリ新艇“アキレス・SW126”を購入して入隊参戦のやまちん隊員の姿があった。今日の参加メンバーはこの5名だ。
ってゆーか、シバタ隊員は突然の子連れ参戦で、miki-fish夫婦隊員の“夫婦鮫”に続いて“親子鮫”まで登場してしまったチーム“鮫”である。子連れ狼ならぬ子連れ“鮫”ってコトか!? どちらにせよ、どうやらカヌーがトラウマになってしまっているDr.水林隊員の子息より先に、初の“子鮫”登場ということのようだ。
予定集合時間より早く全員揃って、一路白鳥インターを目指して出発するが、途中で雨が降り出してしまう。
予報では現地は午前中曇り、午後3時頃より降水確率30%のハズだった。いきなり外れる天気予報。いや、いつものコトか。しかし毎度のことながらハラが立つものだ。
約55分後、我々は油坂峠を前にしてコンビニに寄り、食糧を調達していた。前回の感じだと、どこかの川の流れ込みがある所によほど奥深く入っていかない限り、ランチポイントとして上陸できそうな所はないと思われた。そこで最悪・フネの上でも食べられるものをということで、各自お弁当やおにぎりを購入。油坂峠に向けて再び出発した。
峠を越え、九頭竜川に沿って西に向かう。この先10kmほどの所でダムがこの川をせき止め、出来ているダム湖が九頭竜湖なのだ。すぐに湖面が見えてきた。しかしなんだか前回と比べるとヤケに水が少ない。湖岸が5m以上も下がっているようだ。ちょっと心配になるが、よくよく考えると湖である。水際が後退するだけで、下を擦る所が増えるワケではない。
林谷橋の手前を右に折れ、湖岸に近づける所に降りていく。ここは前回の帰りに発見したエントリーポイントで、フネが係留してあった。車を停めて岸まで歩いて降りてみると、やはり水位はかなり下がっているらしく、もともと水があった所から5〜6mは低いようだ。雨があんまり降らなかったのか、ダムの放水量が多かったのか、はたまたその両方か。
とにかく相当水が引き、湖岸は土が露出してなんだか焼け野原に雨が降った後のように見える。まだ小雨が降り続いていたので余計にそんな感じがする。
さて、前週オレがお休みということで、他のメンバーが矢作川で活動する予定になっていたようだが、結局天気予報が「雨」(結果的には曇り時々雨程度だったが)ということで、前日に早々と活動中止が決定されていたらしい。しかし今日はオレがいるのと、あくまで天気予報的には「曇り」の予定だったので、ここまでやってきたわけだが、雨である。
一応みんなに聞いてみるが、うー隊員は先週漕げなかったので、禁断症状が出ているらしく行くつもりのようだ。シバタ隊員も
「このぐらいなら大丈夫でしょ」
とそれほど気にしてはいない。やまちん隊員はせっかく新艇持ってここまで来たのである。漕がずに帰れるワケもなく、当然行くことになる。ちなみにオレは当たり前のように雨でも漕ぐつもりだったどころか、(また5月の揖斐川の時みたいに霧の中漕げるかも)と密かに楽しみにしていたぐらいであった。
なんてったって湖なのだ。雨が降っても急に水量が増えるワケでもなければ、増えた所で瀬もない。鉄砲水が起こるような地形でもないので安心ではある。唯一の気がかりは天気と関係ないかも知れないが、「風」である。
フネを下ろしてセッティングし、ぬかるんだ湖岸を歩いて水際まで運んだで行った我々が小雨の九頭竜湖にエントリーしたのは午後約12時だった。
林谷橋をくぐって九頭竜湖のど真ん中へと漕ぎ出た。水位が下がっているのが、湖全体の岸を削り取ったように土が露出しているのを見てもハッキリわかる。なんだかちょっと痛々しい感じに見えてしまう。なぜかと考えていたら、緑がないだけでなく、水没して立ち枯れた木が水が引いたおかげで露出して、枯れ木の林をあちこちに出現させているからであった。
湖の真ん中にあった小島のような所も完全に露出して岸とつながり、ガレキの山のように見えた。湖の真ん中へと小雨の中を漕ぎ進める我々。赤い色が鮮やかな箱ヶ瀬橋も、今日は雨に煙ってくすんで見える。
荷暮川の流れ込み方面へ進路を取った。相変わらず小雨は降り続き、帽子の先端からはポタポタと雫が落ちてくる。
シバタ隊員が
「おかしいなぁ、オレかなり晴れ男なのに、今日はダメみたいだぁ」
と漕ぎながら空を見上げて残念がっていた。
パドルをとめて少し顔を上げると、湖を取り巻く森に雨が降る音が聞こえた。いや、聞こえたというと語弊があるかもしれない。そう感じた、というのが正しい。よく「雨の音」というが、雨自体は空中を落下する時には音を立てない。地面や建物に当たって音がするのだ。ここではよく聞いていると葉っぱに雨粒の当たっている音が無数に重なって聞こえ、それが「サー」という雨音となっているのがはっきりわかる。他にまったく音のない静寂の世界に雨が降る。だからこそいつもよりよく聞こえ、葉の一枚一枚に水滴が当たる音が感じられるのかもしれなかった。そして周りの湖面からは、同じく雨粒が落下して水面に当たる音が無数に聞こえていた。
しばらく漕ぐとまた例の現象である。いくらまっすぐ漕ごうとしてもフネは右方向に旋回し、まっすぐ進まない。風も特になく、当然水の流れもまったくと言っていいほどないのにである。みんなアタマを傾げている。特に今回新艇で来ているやまちん隊員はまだ慣れないため、かなり苦労しているようだ。
と、前方の山に突然明るい陽が当たっている所が見えた。厚い雲のようだが、低い位置を移動してきているみたいだ。切れ目から太陽が覗き、まっ青な空まで見えた。しかしそれはほんのわずかな切れ目で、そこから差し込む陽の光がサーチライトのように順番に山を照らしてゆっくりとこちらに向かってくる。
それは遠くにある時はゆっくり移動しているように見えたのだが、近づいてくるとあっという間に通過して行ってしまった。
しばらくして左前方に立ち枯れた黒い沈木が、水が引いたおかげで露出してしまっている黒い枯れ木の林が現れた。そこはどうやら上陸できそうなので、昼食にする。
岸辺になっているあたりは泥がぬかるんでいる。湖底は何処もこういった感じにシルトが溜まってドロッとした感じになっているのだろう。これが流れのある川との違いだ。そこにフネを付け、朽ち木の間を歩いて少し上方の岩がゴツゴツとあるあたりまで行き、そこで弁当を広げた。
オレは先ほどコンビニで買った牛丼弁当を堪能する。雨が上がってきたので、コンロを出してコーヒーを湧かした。
黒っぽくて草一本生えていない濡れた土の上で取るランチは、なんだか少し寂しい。我々が座っている所からさらに少し上には石垣が積まれた形跡があった。形と大きさからして、ムカシはこの斜面に家が建っていたことが想像できる。30年ほど前、ダムができた時に住んでいた人は立ち退いて、家屋の痕跡は水没したのだろう。どんな人たちがここに住んでいたのだろうか。
昼食後、荷暮川を目指す。親子鮫は絶好調で、息もピッタリ、グイグイと漕いでいる。聞くとマイちゃんはまだ小学6年生ながら、もっと小さい頃からシバタ隊員に連れられて千葉・亀山湖を漕いでいたとのことで、カヌー経験は結構あるようだ。シバタ親子隊員のGUMOTEX・ヘリオス380はスイスイと湖面を滑っていった。
うー隊員はまだしぶとくノー沈の“激烈うーやん号”GUMOTEX・サファリである。安定は悪いがスピードは出るフネなので親子鮫にちゃんと付いて行っている。
オレは“シャーク4号”GUMOTEX・ヘリオスで親子鮫と同じフネなのだが、1馬力と2馬力の出力差はいかんせん埋めることができず、結構頑張って漕いでもちょっとずつ遅れていってしまった。
新艇・アキレス・SW126を駆るやまちん隊員は、やはりまだ慣れていないため徐々に遅れていく。湖は初めてのハズだが、入隊前に“ほぼ静水”の矢作古川を漕いでいるので、流れていないコト自体はやまちん隊員にとってそれほど問題ではないようだ。
そうこうするウチに荷暮川がザァザァと音を立てて九頭竜湖に流れ込んでいるポイントに到達した。素晴らしく透明な水が木の葉の切れ端とともに流れてきている。なんだか“いい水”が放つ、特有の匂いまでもが感じられた。森から滲みだしている水の匂いだ。手を入れてみると湖の水と違ってとても冷たい。
その水温のせいか、透き通って見えるあたりには魚の姿はまったくなかった。
(ここを下ってきたら気持ちい〜だろ〜な〜)
と思うが、水量は豊富ではないようだ。黒い木の葉の切れ端を大量に含んでいるのは、本来の流れ込みはもっと上の方で、ここは水位が下がったため最近「流れ込みになった」所だからである。湖底に積もった枯れ葉の上にシルトが積もり、そのまた上に枯れ葉が...と何層かになっていた所に水位が下がって流れが出来たため、それらが順に上から剥がされ、洗い流されているところなのだ。
我々はそこで折り返して戻ることにした。が、折り返してすぐくらいに左手の山肌に茶色いものが動いているのを発見する。
猿である。最初は2〜3匹かと思ったがパドルの音を殺してスーッと近づいていくと、木の上や岩の陰にも何匹か居て、結局トータルでは20匹近い群れのようだった。水位が下がって茶色い山肌が露出した所にジッとしていられると、保護色となってよく見えない。が、我々をそれほど気にするワケでもなく、歩いている猿もいてそれはよくわかった。九頭竜湖で猿ウォッチングである。
以前宮川では川辺にキツネの親子を見つけて感動したことがあったが、今日もなんだか感動した。って、そういえば前回熊野川の時も車で川沿いの道路を走っていた時に、木の上に何匹か猿がいたのは目撃していた。しかしカヌーの上から見ると、なぜか感動してしまうのである。不思議なものだと思う。
その後は不思議な磁場を感じることもなく、我々はゆったりと漕ぎ、再び箱ヶ瀬橋の下辺りまで戻ってきた。やまちん隊員はサイストラップを付けてから、パワーが効率的にフネに伝わるようになったらしく、スピードが上がってきていた。
しばらく赤い橋を上に見ながら漂っていた我々だが、徐々に風が出てきたようで帰り道とは逆の西へフネが流され始めたので、慌てて漕ぎ始める。
シバタ隊員の晴れ男パワーが効いたのかもう雨はほとんど止んでおり、時折雲の隙間に青空の見える回数も増えていた。そんな中、元来たルートをそのまま戻り、我々がエントリーポイントに上がったのは午後4時少し前だった。
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今回の教訓: |
寒くなけりゃ小雨の湖を漕ぐのも悪くはない。 運がよけりゃそのうち晴れるし |
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