文:隊長 |
2001年3月25日 | ||
| ||
チーム“鮫”シーズン'01、その2として3月25日(日)午後約13時、日本を代表する清流、岐阜県・長良川の中流、小雨降る立花橋の300mほど川下の駐車場には、またしても隊長(オレ)&イシカワ顧問といういつもの2人組の姿があった。 | ||
目の前にあるのは流速、水量、そしてパワーとまさに「速い・多い・コワい」の三拍子揃ってしまっている長良川である。現実逃避しかけたオレ(隊長)は、 「いやいや、これは雨のせいだ。本当はもっと優しい“癒し系”の川に違いない。ここだけここだけ」 と思い込もうとする。しかし前に読んだ野田知佑師の本に「長良川は他の川とはパワーが違う」云々の記述があったことを思い出し、密かに 「やっぱマズいかも...。」 と素に帰るが、オレの横にいたイシカワ顧問の顔は気持ちとは裏腹にニヤついていた。 「とりあえずここはポーテージしよう」 と早くもヨワ腰になるオレ(隊長)に対してイシカワ顧問は 「ボクはベイラー付いてますから」 と、すでに突入するための入念なスカウティングを始めていた。 よく見ると複雑な瀬の真ん真ん中には(あくまで他に比べて)比較的波が低い、が、細い「道」のようなルートがあるかのように見える。 「あそこだ!」 オレ(隊長)は隊長の威厳を保つため、自分が行けないにも関わらず、最善と思われる突入ルートを指示した。しかしその細い道の先には巨大な黒い岩が待ち受けている。唯一の救いは岩と瀬の間に若干のトロ場のように見える部分があるのでそこでスーパーターンをカマし、ついた勢いの方向を左45°方向へ変えれば無事に安全な所へ脱出できるハズである。しかし問題はそこまで沈せずにたどり着けるか否かである。難易度はかなり高い...。 イシカワ顧問は完全にその気になったらしく、車に戻り愛艇カラカルを引っぱり出し始めた。 仕方なくオレ(隊長)もシャーク2号改・SUPER-GUMOTEXを膨らませる。 10分後、対岸へ渡ってポーテージするため、瀬から100mほど上流まで歩いたポイントからエントリーする。イシカワ顧問はまっすぐ瀬の真ん中の「細い道」を目指し、進んでいった。オレ(隊長)はフネに乗ってからモタモタと先週作ったばっかりのデッキカバーをマジックテープで取り付け始める。 付け終わる。所要時間1分。 「んっ?」 いつの間にか瀬まで50mほどの所にいる自分に気づくオレ(隊長)。必死で対岸に向けてパドルを漕ぐが半年ぶりのパドリングのため、踏ん張るところがないインフレータブルカヤックの辛いところで、力を入れようとすると腹筋がピクピクする。 「ま、マズい...。腹筋がユルんでる! ち、力が入らん!!」 腹筋がケイレンする“貧弱パドリング”では勢いづいた長良川に勝てるワケもなく、横切るどころかすうっと瀬の方向に吸い込まれて行く。 「ヤバい! ヤバいっ!! ヤバーい!!!」 という、祈りにも似た叫びすら瀬の音にかき消され、オレ(隊長)はそのまま白く泡立つ水の階段をズルズルと滑り落ちていく。 「うわー! まっ、前が見えん!」 と、思ったら帽子がライフジャケットの襟に押されて顔に被ってきていた。 瞬時に押し上げるが、すぐにまた下がってきてしまう。 そうこうする間に瀬のど真ん中に突入! バケツで浴びせかけられるかのようなしぶきが飛び、波に当たった船首が断続的に何度もバウンドする。それらを奇跡的にしのぐと今度は前方に例の黒岩が! しかし瀬を突破し、デッキカバーのおかげでほとんど浸水していない我がシャーク2号改・SUPER-GUMOTEXは軽かった。腹筋の「ピクピク」を「ミシミシ」に変えながらも必死のパドリングで無事方向転換に成功し、緩やかになっている本流に戻ったオレ(隊長)を待っていたのは唖然とした顔のイシカワ顧問であった。 「よく抜けてきましたねー。ポーテージするって言ってたのに」 というイシカワ顧問に、 「違ーう! 吸い込まれたんだよ!」 と答えたオレの心臓は、その時まだバクバクと波打っていた。 ポーテージするはずが、不可抗力で突っ込んでしまった瀬をウソのように無事クリアしたオレは、その時調子に乗っていた。まさに根尾川の時のイシカワ顧問の“無敵モード”である。 「こっから先は初心者コースだから、今の瀬を越えたオレに、もう今日は怖いものはないなー」 などとほざくオレ(隊長)。 | ||
板取川との合流ポイントもスピードに乗って通過し、周りの風景を楽しむ余裕が出来た頃、新たな瀬音が聞こえてきた。 来る時に道路から確認した瀬である。その時、運転中ながらも、目端の利くオレ(隊長)はその瀬の後に中洲の反対側から合流する比較的緩やかな流れがあるのを見逃してはいなかった。 つまりここは二股になっていて、道路側(東岸)はそこそこ波打っているものの、反対側(西岸)の流れはユルい! そう考えた小ずるいオレ(隊長)はさっきまでの勢いをどこかに忘れてきたように臆病風を吹かせ、 「右(西岸)から行こう!」 と安全コースを提案した。しかしセルフベイラー装備のバトルシップ“カラカル”を駆るイシカワ顧問は 「じゃあボクは左から行きます」 と敢えて瀬に突っ込むことを選択し、勇ましく船出していった。 「やるなぁイシカワくん。ま、オレはゆったりのんびり行こーっと。さっきので腹筋痛いし」 そう思ったオレ(隊長)はこの時ばかりは“鰯”(※注チーム“鮫”では必要以上にびびるヤツを魚へんに弱いと書いて“鰯”と呼ぶ)になっていた。 それが惨劇の始まりであった...。 二股に分かれた長良川の右岸を行くオレ(隊長)が、前方に不吉な瀬音を聞いたのはその直後だった。しかし前方には何も見えない。 「?」 水面は、ある所から先が見えなくなっていた。 「まっ、まさか落ちてる? ウッソー!! マジ本気マジ!?」 マジだった。10m近くに渡って3級の瀬が2〜3続き、最後に我がチーム“鮫”の現在の実力では偶然に助けられたとしても到底通過不可能な70〜80cmはある過激な落ち込みが、これまた50〜60cmはあろうかという巨大な返し波を伴って「ずどおーん!」と構えていた。 ってゆーか、そんなことは後から車で見に来てわかったことで、その時はゴボォ! と音を立てて盛り上がる凶暴な水面を見てオレ(隊長)の心はただ、雨に濡れて震える子犬のように縮みあがっていた。 「○△×∋∇∞!!!」 人類であることを忘れたかのよーな意味不明な絶叫とともにオレ(隊長)は盛り上がる水の固まりに突っ込んだ。一つ目の瀬で船首がぐーんと持ち上がり、フネが浮く。と、すぐに「どーん!」と落っこちたかと思うと水しぶきが「ザバァ!」と襲ってくる。水の間に突き出すトゲトゲしい岩を避けて漕ぐが次の波が下からドン! と突き上げたかと思うと船首がほぼ真上を向き、オレは帽子を飛ばしながら背中から水中に沈んだ。瀬に突入してからこの間3・4秒。すべては一瞬の出来事であった。 「ガボゴボグボ...!!」 水に潜った時特有の音がアタマの中に響く。水中でフネごと逆さになるが、デッキカバーが足に引っかかって姿勢が上向きにならない。暴れるとカバーがとれたらしく自由になったが今度は足がつかない! と、思ったのもつかの間、右足が石に触った。ライフジャケットのおかげですぐに体が水面に出る。幸運にも2〜3m流されただけで岸辺の石にぶつかり足がついた。とっさに浮いている帽子を掴むと、次に目の前を流れていきそうなフネも捕まえる。もちろん基本通り、パドルは右手にしっかり掴んだままである。しかし積んでいたペットボトルは流失してしまった。 「はー、死ぬかと思った」 一人淡々と素朴な感想を漏らしたオレ(隊長)はズブ濡れになったフリースのマフラーを取ってひと絞りするとふたたび首に巻き、左耳に詰まった水をアタマを傾けて軽く叩いて出すと、次にフネをひっくり返して水抜きにかかった。 初撃沈であった。さすが日本を代表する急流。中流域でもまったくシャレにならないパワーを持っているな。フッ。...などと冷静に言ってる場合じゃねー! ってゆーか、どこが“初心者コース”やねん! 責任者出てこい! と、あとから怒りがこみ上げてきた。 | ||
初撃沈をした“二股の瀬(勝手に命名)”を抜けるとまた結構なバウンドで揺さぶられる瀬があったが、すでに昨年夏の木曽川で会得した“腰で合わせる”操艇術を思い出していたオレ(隊長)は襲い来るバウンドの連打を次々にクリアし、イシカワ顧問の待つトロ場に無事着くことができた。しかしウェットスーツではなく、釣り用のウェダーとウィンドブレーカーというナメた格好で撃沈したオレ(隊長)の服の中には少々水が流れこんでおり、お尻は冷たく湿っていた...。 その長良川から上がったのは意外と早く、全行程8km前後を休憩一回と堰堤のポーテージがあったにも関わらず2時間弱で終わってしまい、つくづく今までの川とは違う流速の速さを感じた。帰りに二股の瀬を車で確認に行ったが、あらためて見てみるとそこは 「死ねるな、ここは。今日はツイてた」 という感想を禁じ得ない所だった。冷静に見ればスカウティングしてたら絶対突っ込んでないクラスの瀬である(写真参照)。そんな気持ちながらもとりあえず 「くそー。シャーク3号(セルフベイラー付き)を手に入れたら覚えてろよ!」 と強がるオレ(隊長)に対しイシカワ顧問は冷静だった。 「ボクは二度とここを通る気はありませんから」
|