活動記録其の5・根尾川編part1
文:隊長 、イシカワ
2001年3月11日
チーム“鮫”「シーズン2001」遂に開幕するも、気温3℃の根尾川でイシカワ顧問波間に消ゆ!
〜しかも隊長はパドルを忘れて敵前逃亡〜
今回のMAP

チーム“鮫”待望のシーズン2001が開幕。3月11日(日)午後14:00前後(適当)、岐阜県・揖斐川の上流、小雪舞う根尾川の川べりには隊長(オレ)&イシカワ顧問の姿があった。気温は3℃。前日に降った雪の雪解け水と思われる、わりと豊富な流れが根尾川を満たしていた。当初、あまりの気温の低さに「今日はスカウティングだけにしよう」という固い誓いを抱いていた2人だったが、白い雲がたまに流れていく程度の晴天と素敵な透明度と水量、そして何より切り立った崖の合間を縫って流れるという超ステキなロケーションの根尾川に激しく誘われて「ちょっとだけやろう」といういつもの結論に達するのにさほどの時間はかからなかった。しかし、ここで隊長(オレ)はハッと重大な事実に気づく。
「し、しまった。パドル積むの忘れた...」
だがしかし、そんな問題は根尾川の清流を前にして既にニヤついていたイシカワ顧問の決意を変えるほどのものではなかった。ここにチーム“鮫”最初にして最後の“独り鮫”(単独リバーツーリング)が決行されることとなったのである。それが悲劇のはじまりだった。
上流のエントリーポイント「目当(ひなた)」付近からウェットスーツに身を包んだイシカワ顧問の新艇「カラカル」がゆったりと漕ぎだした時、隊長(オレ)は写真を撮りながら見送り「いいなぁ、くそー!」を連発していた。根尾川は山間部を流れているとは思えないほど穏やかであった。

(以上、隊長の手記より)


さて、俺(イシカワ顧問)はシーズン最初の大事なリバーツーリングにパドルを積み忘れて今年一年が思いやられる情けない隊長に見送られ、愛艇カラカルで独り漕ぎ出す。不安よりもこの先に待ち受けるであろうすばらしい景色への期待が大きく、テンション高くパドルを振り回し写真に写る。
エントリーポイントからしばらくは穏やかな流れの途中に適度に小さな瀬が盛り込まれ、非常に気持ちがいい。エントリーポイントから見える最初のカーブを曲がると水深のある瀞場が広がる。そこは普段全く人が足を踏み入れることのできない渓谷である。もちろんここには人工物というのが全く無い。根尾川は水質がよくてはっきり底まで見えるので、瀞場では深さがよくわかる。底に佇む黒い岩、水に流されくるくる回りながら金色の光を放つ落ち葉、たまに深い場所で動き出す小さな魚影、晴れているのに雪がちらつき、またそれが不思議にきらきらと光を乱反射して独特の雰囲気を作り出してくれる。まさに「風光明媚」という言葉がお似合いの場所である。
俺はそんなことを考えながら、流れに身を任せ、ゆっくりとパドルを漕ぐ。口元はすっかり緩み、変にニヤニヤとして、非常に不気味な笑いを浮かべていたであろう。誰も見ていなかったのからよかったものの。
しばらくゆっくりと流されると、ザアザアと瀬の音が近づいてきた。俺は口元を締め直し、気合を入れてパドルを漕ぎ出す。そこからは2〜3級の瀬が連続していた。初めての川は瀬の前で陸にあがってスカウティングするのが常識になっているが、ここには簡単に上陸できそうな陸がない。俺は勇猛果敢に瀬に向かって突っ込んでいった。
「おっ、おぬし(←瀬)・・・二級河川の瀬にしてはなかなかやるな・・・フッ・・・しかし、俺の愛艇カラカルにかかればこの程度の攻撃・・・効かぬ。効かぬぞ!」
2級程度の瀬では安定感抜群のカラカルの敵ではない。その後もいくつか瀬が続く。俺はそれらをクリアするたびに妙な雄叫びをあげながら、調子に乗って次々とクリアしていった。
「俺最高!俺最強!!」
今ならピッコロ大魔王でもフリーザでも倒してしまえそうなくらい強くなった気分の俺は、わざと艇を揺らしてみたり、艇を後ろ向きで瀬に突っ込んでアクロバティックな技を繰り出してみる。すっかり川をナメている。

(以上、イシカワ顧問の手記より)


オレ(隊長)はツーリング中のイシカワ顧問の姿を捉えるため、車で先回りし約2km先の「鍋原」付近の橋の上で待つこと数分...イシカワ顧問の姿は見えない。ちょっと先回りしすぎたのかと思い、下ってきたのとは対岸の道を少し上流に遡ってみた。すると1kmほど上流の水力発電所付近に掛かる小さな橋を発見。車を停めて下を観察するとそこにはエントリーポイントとはうってかわって轟音をたてる3級から5級の瀬が2・3箇所も見えるではないか!?瀬のすぐ後には返し波やボイルが多く見られ、相当なパワーを内包しているであろうことが一目で見てとれた。
「ヤバいなー。イシカワくんポーテージしたのかなー。それとも...」と不吉な想像を巡らしつつまたしても待つこと数分。一向にイシカワ顧問のカラカルは現れない。
あせったオレは上流に戻ったり下流に行ったりといろいろ1時間ぐらい探し回るが、一向にイシカワ顧問の姿はない。除々に心の中に不安が拡がる。
「まさか、ここまでの最初のカーブかなんかに堰堤でもあって越えられずに立ち往生してる? いや、しかし地図上で見るとエントリーポイントから最初のカーブを曲がればここまではスグのはずだし、エントリーの時は前方500mぐらいには障害になりそうなものは見えなかった気が...。神隠し?」

(以上、隊長の手記より)


慢心たっぷりの俺(イシカワ顧問)に、おそらく川の神様はお怒りになったのであろう。
こんな調子に乗ったアホな初心者パドラーには酷い目に遭わせてやらんとな。(by神様)
今回のコースのちょうど真ん中あたりに発電所がある。発電所から川の本流へは大量の水が流れ込み、そこから下流へしばらくはかなり流れが速くなっているのだ。自称最強の俺はその流れ込みが合流する所にも猛ダッシュで突っ込んでいった。流れに押されながらも艇の安定性によって力強くねじ伏せてみせた。
「フフフ・・・たいしたことないぜ。発電所。」
悲劇はその直後に起こる。俺は発電所のすぐ下流にあった瀬・・・というよりも落差1メートルぐらいの落ち込みに向かって猛進していった。
「お、やっと骨のある奴が出てきたか。面白い。この俺を少しは楽しませてくれるのかな?」
ナメきった俺は斜めに瀬に突入!しかしその瀬に近づくまではそんなすごい瀬だとは思わず、思い切りバランスを崩す。スピードに乗っているので、ひっくり返る感覚もわからないまま水の中へ。見事に撃沈!落ち込みの下は返し波がロールしていて底が削られているのか足が着かない。ホールの中でもがくも、どっちが上なのかわからないし、泳いでも泳いでも水面に出ることができないような感覚だ。水も飲んでしまい、とにかく苦しい。体は一気に冷えていく。
「まじ!?俺死ぬかも!」
しばらくして(といっても10秒ぐらいか)ようやく水面に出ると、というか出たはずなのだがそこは真っ暗だった。
「ありゃ、ここはどこ?私はだあれ?」
水に揉まれた寒さと撃沈のショックですっかり頭がおかしくなった俺は、ひっくり返った艇の中に頭を出したので、さらに混乱していた。死後の世界へ来てしまったのか川底の新しい世界に来てしまったのかわからないまま、なんとか艇をひっくり返し、必死にしがみつく。しがみつかなければ死ぬかも。寒さに耐えながら艇をビート板にして寒中水泳だ。
その姿は沈するまでの最強の俺とはうってかわって、捨てられた子猫のように惨めなものだった。 なんとか上陸できそうな岩場までたどり着いた俺は、すっかり意気消沈してしまう。あ、パドルもどっかいっちゃった。固定しておいたはずのポンプも落としたみたい。ここでリタイアしたい・・・でもここから道路まで行けそうも無い・・・。ふと岩場の脇を見ると、なんとパドルと同じぐらいの長さの流木が落ちているではないか!
「おい・・・川の神様、俺にこれを使って漕げというのか!?」
俺の涙ぐましい「流木パドリング」が始まった。ただの流木なので、漕いでも漕いでも方向が変わらない。10回くらい漕いでやっとパドルの一漕ぎぶんぐらいの効果がある・・・。もちろん瀬の中で方向を変えようと思っても、全く言う事をきいてくれないのだ。それからはとにかく瀬の音が近づくたびに、その音に怯えることを繰り返し、身も心も疲れ果てて流されていった。

(以上、イシカワ顧問の手記より)


なかなかイシカワ顧問を発見できないオレ(隊長)はアセって、みたび「鍋原」付近の鉄橋に戻ると、橋の下流のトロ場をカヌーに乗った(というより放心状態でボンヤリ腰掛けているように見えた)イシカワ顧問が、文字通り「トローン」と横向きに流されていっているのが見えた。
「いたぁ!」車で近くまで行き、道から遙か下方に50mぐらいはありそうな川の上のイシカワ顧問に大声で呼びかけ、手を振る。それに気づいたイシカワ顧問が大声で答えたセリフは、
「パドル流されちゃったー!」
であった。そしてその1時間後、ようやくアウトポイントまで漂流してきたイシカワ顧問の第一声は、
「ここは初心者の来るところじゃなーい!!」
であった。
恐るべし根尾川。
岸に上がった後、帰りに橋の上から「発電所の瀬」を確認したイシカワ顧問はつぶやいた。
「今度は絶対ポーテージしよう...。」

(以上、隊長の手記より)

今回の教訓: 「独り鮫は禁止」